2016年夏、四方山からの眺め

下の写真は震災の一年前の2010年の夏に四方山の展望台にあった眺望案内板。太平洋側(東方)の眺望の案内図。案内板左側の白い文字あたりが鳥の海付近。


2012年1月5日のこのブログ「四方山からの眺め」の写真も参考にしてください。

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                         2010年8月7日撮影



そしてこれが ↓ 震災から5年過ぎた四方山の展望台の眺望案内板。

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                                 2016年8月12日撮影

案内板に亘理町の地図が描かれていて、津波で浸水した部分が赤く描かれている。ここから眺めると山際から太平洋の海岸線まで平らに続く平野を一望することができ、浸水した地域も見当がつく。実際に自分の目で確認できるのでこれは非常にわかりやすい。

地図の部分をアップしてみる↓
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あの静かな海が、白波をあげて何回も陸に押し寄せ、あんなところまで海水を運んできたなんて想像するのはやはりなかなか難しい。でも大自然の驚異というものはそういうものなのだろう。
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この写真は、わたり温泉鳥の海と浜吉田いちご団地の方面を眺めたものだ。よくみるとイチゴ団地はぎりぎだが赤く塗られた地図上にある。復興することはいいことだが、500年に一度の津波とはいえ、万が一のことを考えて、もう少し陸側の方がよかったのではと思ってしまった。



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# by 33orion33 | 2017-04-29 11:55  

2016年 亘理の田園風景の移ろい

震災から5年。田植えから稲刈りまでの田園風景の移ろいを紹介します。

撮影場所は農免道路の跨線橋の上でJR常磐線を跨(また)ぐために高くなっているところ。そんなに高くないが、まわりが平らなので見晴らしがよくなっている。

下は震災直後の2011年3月13日午後3時3分の写真。あたり一面海水で覆われている中で↑で示した常磐線を南北に走る農免道路が跨いでいる様子がわかる。跨線橋の最上部が撮影場所で、そこから伸びる赤い⇒が写真撮影の方向。
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                        サンデー毎日緊急増刊「東日本大震災」より。


上の写真から5年経過した今、ほ場整備事業もほぼ完成し、田んぼの区画が大きくなり亘理の田園風景も広々と感じられる。

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5月の連休後、田植え間近の水田。  2016/5/7撮影


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田植えがすすむ水田。   2016/5/18


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鏡のような水田。  2016/6/1


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ぐんぐん成長していく稲。遠くの蔵王に白い雲が。  2016/6/10


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今年の梅雨明けの日。陽光がまぶしい。  2016/7/29


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8月初旬に出穂(しゅっすい)。穂が出てきたので全体的に緑が薄くなった。  2016/8/11


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黄金色がまぶしい。 2016/9/15


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稲刈りが終わるころ。今年は台風や秋の長雨が長く続きいつもより遅い稲刈りだった。
2016/10/15


亘理の田園風景に関しては、これまでに
「すべて思い出の風景に 田園風景」2011/8/15,
「2012 亘理の田園風景」2012/8/31、
「2015年冬、亘理の田園風景」2015/2/4、
「2015年夏、亘理の田園風景 」2015/8/5 、
「2016年春、亘理の田園風景」| 2016/6/27
で取り上げてきているので参考にしてください。
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# by 33orion33 | 2016-11-21 17:32  

「わたり温泉 鳥の海」よりの風景

「わたり温泉 鳥の海」が震災より復活して2年。今は4階レストランで亘理名物「はらこ飯」も食べることができるようになった。

この温泉は海岸線のすぐ近くにあり、温泉は5階にあるので、そこからの眺めは非常によく、海岸付近の変貌を確かめるためには良い場所となっている。

このブログでは今まで2回載せているので下の記事も参考にしてください 。
2011年4月「すべて思い出の風景に 亘理町 荒浜」 
2014年10月「わたり温泉鳥の海に行ってきた」

今年の7月25日に温泉に行ってきたので、現在の海岸付近の様子がどのようになっているのか写真におさめてきた。
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                                     2016.7.25撮影
宮城県の今年の梅雨明けは7月29日だったので、この日ははっきりしない天気、雨や曇りの日が続いたので、地面も湿っている。
上の写真は5階温泉から南の風景。画面左の白っぽいのは真新しい堤防、右側の湾のようなのが鳥の海、手前の水路は鳥の海の漁港と太平洋を結ぶ水路。
夕方だったので暗いが、堤防以外は整備されておらず、まだまだ殺風景な景色が広がっている。


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                                        2016.7.25
上の写真は南東の方角で、鳥の海の漁港と太平洋を結ぶ水路。かつて松林が広がっていたところ全体に盛り土がされている。水路のこちら側が荒浜海岸、向こう側が大畑浜海岸。大畑浜海岸は「鳴き砂」が有名であった。


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                                        2016.7.25
こちらは仙台湾が広がっている北東の方角を望む。この写真ではよくわからないが仙台湾を囲むように水平線の向こうに低い山々を見ることができる。
白く線のように見えるのが堤防。手前は温泉の駐車場で堤防と駐車場の間にも盛り土がなされている。この辺全体の土地を高くしようとしているようだ。

この地域の表面の大部分が津波によって押し流されてしまってから5年半。周辺一帯の盛り土と新しい道路の整備が続いており、盛り土や道路の土を運ぶためいろいろな地域のナンバープレートをつけたダンプカーが集まっている。そのため荒浜周辺の道路にはそのような大型ダンプカーが走り回っているのが日常の風景になってしまっている。今は失われた表面の基礎工事を行っているのだろう、植林はまだ始まっていないようだ。

前回のような津波はこのような盛り土をゆうゆうと超えてくると思うのだが、堤防と同じようにこのような工事に対してはやっぱり疑問をもってしまう。

温泉から眺められる海岸に近いところは、工事が休み以外の日は重機の音があちこちで聞こえ、雑草以外の植物がまだ育っていないので、ダンプカーや重機がまきあげる砂埃はどうしようもない。
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# by 33orion33 | 2016-11-01 17:25  

震災から5年目の夏を迎えた磯浜

宮城県の南部に位置し福島県との県境にある小さな海岸磯浜(いそはま)に関してはこのブログで過去3回取り上げてきた。

繰り返しになるが、波静かなきれいな海岸であった。近くに河川がないので大雨後の濁流で汚れるということはなく、また下の写真1で示されたとおり,堤防が伸びているので波も荒れることはなく小さな子供のいる家族にとってはうってつけの海岸だった。②は港。
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    写真1 震災後の衛星写真(Googleマップより)

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この衛星写真は震災前の写真(yahoo衛星写真より)だが、矢印①がさしているのが磯浜。海岸の後ろはこんもりした松林もあり周囲は緑で満ちていたこともわかる。

伊達政宗もここの海岸で遊んだとされるが、江戸時代は次の地形図でもわかるとおり、堤防も港もなく、砂浜が広がる海岸だった。ただ、近くの磯崎山は江戸時代に唐船番所にも利用された小高い丘もあり風光明媚なところでもあったのだろう。
また、この地形図からわかることは、海水浴場としての磯浜と磯浜漁港は日本の高度成長期にどちらも人工的に作られたものであるということだ。
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5万分の1地形図「角田」昭和44年9月発行より

過去3回の磯浜に関するブログは以下です。震災からこれまでの変遷がまとめてありますので、あわせてごらんください。

すべて思い出の風景に 亘理郡 山元町 磯浜 (2011.8.11)
磯浜 磯崎山公園から(2011.9.21)
震災から4年目を迎えた磯浜(2015.3.01)


さて、今年の東北南部の梅雨明けは7月29日だったが、ようやく夏の日差しになった7月31日に震災から5年過ぎた磯浜に行ってきた。青い空、白い雲、よせる波、大海原、夏の晴れた日はどうしても海岸線に行きたくなる。

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             2016.7.31撮影(以下の写真はすべて同日撮影)

穏やかな磯浜海岸。海水浴場としては解禁がされてないが、この日は何組かの家族連れもおり、水上オートバイも浮かんでいた。この眺めだとだと震災前と変わらない風景。以前は水上オートバイを見かけるとことは無かった、地元の人ではなさそうだ。5年の月日が流れたということだ。

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しかし、海岸部周辺部の緑はまだ回復しておらず、むき出しのテトラポッド見えるだけ。

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背後はテトラポッドと直線的な堤防のみ。祖国防衛の海岸線のようだ。

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これは磯浜漁港。(地図1の②)周辺の工事は続いているが穏やかな漁港に戻っている。背後に見えるのが磯崎山

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その磯崎山に近づく。周辺ではテトラポッドがつくられ基地になっていた。

その磯崎山に登り、唐船番所があったところから海側を眺める。
下の写真は磯浜漁港。
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次の写真は福島県との県境にあたる南東方面の眺め。
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次は、北方仙台方面の眺め。
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白く北に延びているのが、新しく建造されている堤防。ここからだと湾曲する仙台湾の海岸線を延々と覆っている堤防を眼下に眺めることができる。

写真は磯崎山の唐船番所石碑のあるところから撮影している、実は私が立っている足元まで津波は到達している。そうすると、この前と同じような津波はこの堤防を軽々と超えてきてしまう。ここから眺めると、この堤防は一体何のために造っているのか考えてしまう。
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# by 33orion33 | 2016-08-24 10:57  

常磐線は今-6  復旧新線の工事進む

現在,浜吉田駅から以南の常磐線の復旧工事が急ピッチで進んでいる。海岸線に近かった線路や駅を陸側に移動させて将来の津波被害から避けようとするのがねらいである。

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                             朝日新聞より

上の地図で付近が下の写真、田んぼの上をゆるやかカーブを描いて高架線が走っている、
内陸部に移動し、かつ高さも確保しているということだろう。このぐらいの高さだと車窓からの眺めも広々として海のほうまで見えるかもしれない。
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                                       2016.5.30

次は新山下駅。(②で示す)写真のとおりプラットホームは高架線の上だ。周囲にに何もない平地なのに都会のように高いところにプラットフォームがあるのはこれも津波対策なのだろうか。このような構造だと、踏切をつくる必要がなく周囲の交通にあまり影響を与えないのでいいことだ。

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                                       2016.6.25


次の3枚は駅周辺の様子。かつて田んぼだったところに明るく近代的な駅が出現しそうだ。
そして、駅周辺には新しい家も建ち始めている


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                                  上3枚、2016.6.25撮影


しかし、震災前に常磐線が走っていたところは、今や何にもなくなり、(あたり)遠くの山の稜線でやっと場所を判断できるぐらい。土がむき出しになった広大な土地のを数多くの重機が昆虫のように動き回っていた。 ↓
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                                      2016.5.30
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# by 33orion33 | 2016-07-07 22:55